私は23歳で結婚しました。当時姑は60歳くらいだったでしょうか。なかなかに厳しい姑で、私も随分苦労させられました。それでも、結婚して20年がたち、私も経験をつみこの家での主婦としての地位を築き始め、姑にも「老い」というものがしのびより、保険証には「後期高齢者」と書かれるようになったころです。


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姑の様子が、徐々におかしくなっていきました。最初は、ほんのささいなことだったと思います。しいて言えば、あの厳しい姑が妙に優しくなったことでしたでしょうか。


「高齢者になって、ちょっとはお婆さんの自覚ができてきたのかな」そんなふうにも思いました。それは、今思えば動作が緩慢になってくるという症状だったように思います。


なんでもシャキシャキやっていた姑が、やけにのんびりと気力がなくなってきたようでした。それを私は「優しくなった」と思ったのです。


これは完全におかしい・・と思ったのはテッシュの箱から紙を1枚ずつ取り出して、小さくたたんでいるのを見たときです。1箱分、完全に出してしまい、姑の前にはたたんだティッシュが積まれています。


おかしい、という目で見ているとどんどん変な症状が目についてきます。洋服ダンスに食器ややかんを片づけたり、洗濯物をたたむのに3時間もかかったり。


今まで、きちんとすぎるくらいにできていた姑の「片づける」という作業が音をたてて崩れていくようでした。これが認知症の症状なのか・・・と私は思いました。


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いくらしっかりしていた姑とはいえ、80歳の高齢者です。身体にせよ頭にせよ、何も症状がないほうが不思議です。姑をまず、精神科へ連れて行きました。そこは、昔の精神科のイメージではなくやけに高齢者の患者が多かったです。


待合室の話を聞いていると、どうやらほとんどの人が認知症らしいです。介護サービスを受けるには、まず病院で認知症の診断を受けないといけないということも私はその病院の待合室で知りました。


診察室では、床に引かれた線の上をまっすぐ歩けるかとか、今日は何月何日か、とか家族の名前を言えるか、とかここへは誰とどうやって来たか、などを姑は聞かれていました。


驚いたことに、ほとんどの問いかけに姑はニコニコと笑うばかりで答えられませんでした。医師は気の毒そうな顔をして「認知症ですね」と言いました。


「どんな症状がありますか?」とも聞かれティッシュのことや、片づけができなくなったことを伝えると「それは高齢者の認知症の、典型的な症状ですね。一応進行を抑える薬をお出ししますが、効く人と効かない人がいますから・・・」ということでした。


どうか効きますように・・・。私の願いはむなしく、姑の認知症の症状はどんどん進んでいきました。細かい症状をあげればきりがないが、大きな転機は自分の排泄物をタンスやゴミ箱の中に入れたことです。


そのころはトイレもおぼつかなくなり家で診るのは無理だということでおむつをはかせ、施設の入居を検討していました。このことで、老人ホームにへの入居は決定的になりました。排泄物を入れたタンスやゴミ箱は、匂いがどうしても取れず全部捨てました。


やがて姑は施設に入居しました。私はとりあえず、ホッとしました。世話をしてくれるヘルパーさんはプロですから、認知症だろうがどんな症状があろうが安心して任せることができました。


その後、一時帰宅したときに小火ではありますが火事を出したりしたので、もう帰ることも無理だと思いました。そして施設で3年を過ごし、姑は他界しました。最期は夫と私で看取ることができたのが、幸いでした。


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