肩が痛いのです・・。夫も私も。もう若くありませんから。夫が、肩が痛いと言いだしたのはいつからだったでしょうか。人のことなので、あまりよく覚えていませんが、もうだいぶ長く「痛い痛い」と言っているような気がします。


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原因は思い当たらないと言います。40代のときは「俺もとうとう四十肩になった」と、幾分偉そうに言ってました。まるで、四十肩にならないと立派な40代ではない、というように。


そのとき私は、まだ30代の最後の年でした。まだ若かったのですねぇ・・・。やがて私も、肩が痛くなりました。夫は、痛いと言いながら、手もあがりますし回すこともできます。


なのに私は、耳のところまで上がりません。「いたたた・・」と言いながら回すことさえできません。この違いは何なの?私も同じ四十肩なのに。


夫は「四十肩も人を選ぶんや」などと憎まれ口をたたきます。「やっぱり、人としての出来が違うんやなぁ」そんな夫はほおっておいて、とりあえず病院に行きました。予想通り、「四十肩ですね」とあっさり言われました。


ひょっとして、もっと大変な病気だったらどうしよう・・という心配もなかったわけではありません。「いつから痛みますか?」「わりと最近です」「そうですか、四十肩はね、痛み出した最初のうちは安静にするんですよ。


でね、ちょっと痛みがましになってきたら、今度は積極的に動かしてください。そうしないと、加齢とともにもっと動かなくなるからね。体が錆びついたようなものですから」


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真面目な私は、ドクターの言うことを聞いて安静にしていました。そして、そろそろと動かそうとしたのですが、やっぱり痛くてなかなか動きません。


夫に、ドクターの言葉を伝えると「なるほどなぁ、そしたら俺は正しい方法をしていたんや。痛くなりはじめの時は動かさずにいたし、しばらくしたら徐々に動かすようにした。


俺のことを四十肩博士と呼んでええで」と笑ってます。同じ四十肩なのに、この違いはなんなのだろう?痛いのは同じはずなのに、夫の気楽さと私の深刻さ、違いすぎる!と神様を恨みました。


しかし、月日とともに段々と痛みは薄れてゆき四十肩のことも忘れていきました。それから約10年、夫も私も50代になりました。それなりに体の老化を感じながら過ごしていたときのことです。


夫が、しょっちゅうぐるぐると手をまわしていることに気が付きました。「どうしたの?」と聞くと「肩がな・・痛いねん」と言います。「何かした?ぶつけたとか」「いや、何もしてない。


なんかなぁ・・・前の四十肩のときの痛みと似てるねん」「何言うてんの、56歳になって四十肩なんて、あつかましいわ。それを言うなら五十肩やんか」「お前は肩痛くない?四十肩のときはものすごく痛いって言うてたやんか」「私は全然大丈夫よ」そんな会話を交わしました。


年をとったせいか、夫は前回よりも辛そうに見えました。「凝りもあるのかもね。ただの五十肩やったらいいけど、もしなんかの病気で痛いのかもしれんし一応、病院へ行ってみたら?」と言いましたが夫は四十肩のときは自分で直したから、五十肩も大丈夫だ、と言い張ります。


「四十肩くらいで病院へ行ったお前とは違う!」と。いくつになっても憎らしい夫です。「けど、骨肉腫とか、癌ならどうする??」とさんざん脅かしたら、やっと病院に行く気になったようです。


「先生、肩が痛いんです。」「いつから、どんな風に痛いんですか?」「五十肩のような気がするんです。四十肩のときと痛い感じとかが似てるし。


先生、四十肩になって五十肩にもなるんですか?どう違いがあるんですか?」痛む肩をかばいながら夫が聞きました。「同じですよ」「はっ??」「いや、四十肩も五十肩も、言うなれば肩関節周囲炎というもので症状は同じです。


40代で発症すれば四十肩、50代で発症すれば五十肩と言うだけです。違いはありません」「なんや、そうやったんか・・・」「まぁ、半年から1年で自然に治りますから。お大事に」私は、五十肩にはならぬよう神様に祈る毎日です。


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